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2009年9月23日 (水)

適塾に行ってきた

適塾(てきじゅく)とは、一番下に大阪大学のHPから引用した説明文を記載しましたが、蘭学者・医者として知られる緒方洪庵が江戸時代後期に大坂・船場に開いた蘭学の私塾です。

家から近いので行ってみた。

P1180976
表はこんな感じです。
ビル群の中に突然出現するので、少し違和感がありますが、
良い憩いの場的な感じが出ています。

P1180933
看板

P1180971
緒方洪庵先生の石像

P1180934
間取り図
表から見た感じよりかなり大きいです。
京都の町屋みたいにうなぎの寝床風です。

P1180949
中庭
白い塀で囲まれた中には、庭があります。
この緑で、勉強につかれた塾生が目を休めたのでしょうか

P1180957
解体新書
これで勉強したんですね。

P1180966
塾生が刀を振りまくったので、柱が切り傷だらけに。
今の学習塾で刀を振りまくったら即逮捕ですね。

P1180955
なぜか、水都大阪2009のイベントの一つで、現代アートが飾ってありました。
不思議だJ


大阪大学のHPより

               
   一、適塾の沿革 - 適塾から大阪大学へ -

    適塾外観

適塾の盟主は緒方洪庵(1810~1863)である。当代きっての蘭方の医者、学者であって、教育者でもある。

1838年(天保9)から1862年(文久2)の25年間大阪・船場にあって塾を開き若き人々の教育にも多大の精力を注いでいた。その力量を知る幕府は 1862年(文久2)、江戸に召しだし奥医師とすると同時に西洋学問所の頭取としたのである。洪庵不在の時期も義弟や子息、門下生達は塾を守り、さらに分 塾をするほどに発展したが、明治新政府の教育制度の整備と共に発展解消し、大阪医学校、府立医科大学、さらには大阪大学へと発展し、今日にいたっている。

    適塾は全国から駆けつけた塾生にあふれ、談論風発の気風はその後の明治維新の激動の中、日本の運命に大きく貢献した多くの人材を輩出している。そんな塾生には福沢諭吉、大鳥圭介、橋本左内、大村益次郎、長与専斎、佐野常民、高松凌雲などがいる。

                   
   福沢 諭吉    大鳥 圭介    橋本 左内    大村 益次郎    長与 専斎

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